数週間。
 
 言葉にしてしまえばたったそれだけの薄っぺらな時間。でも、俺にとってのその時間は本当に長かった。
 
 時の流れは健常だった頃とは全く別物だった。普段の三倍ほどに間延びしたい時間がもたらしたのは苦痛以外の何物でもない。小さな頃は一日が四十八時間あればいいのに、とか考えていた記憶がある。
 
 それがまさか現実になるとは思わなかったけど、その代償がじっとしていることなんて割に合わない。
 
 それは手助けしてもらって車椅子に乗ることが出来るようになった今でも変わらない。一日の大半はこの無機質なベッドの上で、置物のようにじっと固まっているんだからさ。
 
 テレビも面白くない。
 
 平日の昼間にやっている番組なんて中年層の主婦が好みそうな下世話なゴシップ番組や、定年後の楽しみにでもなるのだろうか、古めかしい時代劇がチャンネルを支配している。前者は初めこそ面白がってみていられるけれど、正直どうでもいいようなことしか言っていないし、後者にいたっては申し訳ないけれど面白さすら分からない。
 
 タマ姉はどうしてこんなものが好きなんだろうか―――。
 
 
 「……はぁ」
 
 
 ……駄目だ。取りとめもないことを考えているだけなのに、その中にタマ姉の名前が出てきた瞬間にあの忌々しい黒い感情の存在が脳裏を過ぎった。
 
 俺自身はタマ姉のことを以前と変わらず慕っている。断言しても良い。だけど、どうしても顔を出してくるあの感情は、そんな俺の思いとは無関係に現れるのだから仕方が無い。
 
 最近は考える程度で顔を覗かせるほど酷かった頃と比べれば大分緩和してきたけど、相変わらずその存在の恐怖には悩まされる。
 
 このままの状況がいつまで続くのか、もしかしたら次の瞬間に直っているかもしれないし、もしかしたら一生このままかもしれない。……そんなのって、ひどすぎるじゃないか。
 
 誰もこんな結末は望んでいなかった。ほんの少しの悪意を発端に、全てが最悪の方向に進んでしまった結果。それが今の状態なだけに、どこにこの感情をぶつけて良いのか自分でも分からない。
 
 引き金を引いた彼女達を責めても、何かが良くなるわけじゃない。そんなことは分かっている。たとえ俺が彼女達を罵倒しても、それを非難する人間は少ないだろう。でも、それは悪意の押し付け合いにしかならない。
 
 俺がすっきりしたとしても、それは俺が背負っていた重さを彼女達に押し付けたに過ぎないんだ。
 
 これってまるで方程式みたいなもので、左辺の不の感情が右辺に移項されて、重荷としてプラスされる。主観的に重荷が降りるだけで、何一つ変わらない。
 
 元々自分はそれほど物分りの良い人間じゃない。
 
 当然初めは彼女達を憎いと思ったことだってある。
 
 ……でも、その事実に気が付いてしまったら、そんなことは出来なくなった。
 
 それに気がつけたのは、これだけの時間を与えられたから。
 
 だって、そうだろ?
 
 こんなに何も出来ない時間があるなら、考え事以外にすることが無いんだからさ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 PTSD
 
 俺の抱えた闇。
 
 厳密に言えば俺の症状はPTSDに代表される症状には当てはまらないらしい。
 
 専門的なことはよく分からないけれど、PTSDを日本語に訳すと心的外傷後ストレス障害、と言うらしい。
 
 その代表的な症状は、不眠や恐怖を感じる、原因となった一件のフラッシュバックなどらしいのだけど、生憎俺はそのどれにも当てはまらない。実際今表に表れている症状は、それまでの女性恐怖症の悪化、という一点のみ。
 
 医者が言うには「心的外傷に伴う精神的疾患の悪化」と表現すれば良いらしいが、PTSDと言うのが心的外傷に起因する精神的疾患の発症だから、一緒じゃないかと思うのだけど。
 
 心の傷というのは、特効薬が存在しない怪我だ。傷跡が実在して見えるわけじゃないから、その処方はもとより原因や症状も十人十色で、要するに俺の場合生じた問題がこの『女性拒絶症』であったわけだ。
 
 幸い、起因する事件が一つしかないことから、同年代に近いほど拒絶反応を起こすという特異な症状にも説明が付くらしい。
 
 まぁ、専門的なことはお医者様に任せておけばいい。
 
 重要なのは、その結果俺が被る被害なんだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ふと時計に目をやれば、短針が4の数字を指そうとしていた。
 
 それを見て、知らず知らずのうちにため息が漏れた。
 
 
 「……今日も、来る気かな」
 
 
 自分で呟いておきながら、その問いは誰に向けられたものでもない。というか、既に語尾が疑問系ですらなかった。
 
 ―――そう、それは確信に近い。間違いなく、今日も来るだろう。
 
 もしも俺が逆の立場なら、挫折しているに違いない。
 
 あれだけはっきりと拒絶されておいて、どうしてまだ相手をしてくれる気になるのか、不思議で仕方が無い。
 
 いつもこの病室を訪れる時間が同じなのは、学校が終わった放課後そのままこの場所に直行するからに他ならない。それは多少のずれはあれども、毎日欠かさず行われている。
 
 今まで数度訪れなかったことがあったけど、そのときは必ず事前に言って帰る。……別に聞いてもいないのに。
 
 休みの日まで時間を合わせているのはサイクルを気にしてなのか、何か用事があるのか。もしかしたら俺を気遣ってくれているのかもしれない。顔を合わせる前に心の準備をしておけるように。
 
 ―――正直、もう来ないで欲しいと思ったことは何度もある。
 
 それは、勿論来てくれるのは嬉しい。数少ない面会者の一人だし、その絆は丈夫でしっかりとしたものだと信じている。
 
 ……それでも。
 
 それが絶対に切れないという保障は何処にも無い。
 
 さらに悪いことに、俺はその綱を自分で切れるように鋏を入れている。
 
 言葉の刃が容赦なくその硬い綱にあてられて、それはいつ落ちてしまってもおかしくない。
 
 鋏を当てることは本心じゃないとしても、体が心の一角に住まう闇に支配されてしまえばその思いは届かないのだ。
 
 それでも果敢に、いつ落ちるとも分からない吊り橋を、毎日毎日渡ってくれる。
 
 それは本当に嬉しい。
 
 ……でも、さ。
 
 もし橋が落ちてしまったら、俺との間にある繋がりは途絶えてしまう。断崖絶壁にかけられた橋。一度落ちてしまえば、再び橋を架けるのは困難極まりない。対岸には、新しい橋が架かった瞬間にも落としてしまおうと企む悪が経っているのだ。
 
 それならば、これだけ細くなってしまった糸でも、切れさえしなければ補強の手はある。
 
 対岸の悪が居なくなるのを待ってから補強すれば、橋は落ちることなく繋がっていられるのだから。
 
 でも、どれだけ叫んでも彼女はそんなことお構いなしに脚を踏み入れてくる。
 
 ……さらに、悪いことに。
 
 
 
 ―――そのことを、嬉しく思ってしまう自分が居る。
 
 
 
 どれだけ危険な状態になっても、どれだけ傷ついても俺のところに来てくれる。こんなに嬉しいことがあるだろうか。
 
 だからこそ、いつもこの瞬間は鬱なんだ。
 
 そんな彼女を、俺は傷つけることしか出来ないから。
 
 お互いに、この時間は辛さしか残らない。
 
 陰惨な気持ちになりながら、俺は窓の外を望んだ。
 
 日は沈みかけ、もうじき空が茜色に染まり始める。春が過ぎ、日が長くなっても沈む時間は必ずやって来る。ベッドに寝た状態でも、窓の外が望めるこの病室からは、もう一つの丘の上に立つ高校が目に入る。豆粒みたいに小さくて、それでもはっきりと分かる自分と同じ制服に身を包む彼らの下校姿。
 
 きっと彼らは楽しそうに笑いながらあの丘を下っているのだろう。
 
 ……俺は動くことも出来ないで、こうして丘の上に取り残されたまま。
 
 そしてわざわざ丘を登ってまで来てくれる彼女を、これから追い返さなければならない。
 
 もう一度、サイドテーブルの上に置かれた時計を眺めた。
 
 時計の針は4時5分を示していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 コンコン、と硬い音が控えめに室内に響いた。
 
 その音を聴くだけで反射的に身を硬くしてしまった。強張った体に力が入って声も出ない。その瞬間の、なんとも言えない空白の時間が、いつも俺の心を圧迫する。
 
 夕方の病室は昼間に比べて静かだ。病院の中も午後の診察が始まった頃に比べれば落ち着きを取り戻しているし、周囲に騒音を立てるような建造物も無い。だからこそ、自然と訪問者が居るにも拘らず場を支配する静寂が強調される。
 
 ふぅ、と緩やかに息を吐いて落ち着きを取り戻そうとする。
 
 
 
 ―――大丈夫。
 
 
 
 何度か、おなじ台詞を自分に語りかけながら、俺はベッドサイドに置かれた松葉杖を左手だけで器用に扱う。ベッドに横たわったまま、各ベッドを仕切るカーテンを閉じていく。
 
 幸いにもレールは滑らかに布地を滑らせていく。いつもどおりの流れで、俺は完全にベッドを病室から切り離した。
 
 
 「あの……入るわね」
 
 
 ドアとカーテンという二重の壁を通して響くその声は、別世界のものみたいに遠くに感じる。
 
 次に聞こえたのは静かにドアを開く音。開いたときと同じく丁重にドアを閉め、革靴の音を響かせてゆっくりと足音が近づいてくる。
 
 ぴたり、と俺のベッドの前で足音は止まる。カラカラと窓を開く音がして、カーテンが僅かにそよぐ。そのままカーテン越しに映った影が小さくなった。
 
 普段からそこに置かれている背凭れも付いていない椅子に腰を下ろしたのだろう。
 
 カーテンに写る影は長い髪を揺らし、じっとこちらを見ているようだ。
 
 相変わらず病室は静かだ。
 
 この病室は三つのベッドが並ぶ共用の部屋で、個人専用の病室ではない。それでも今この病室を占領しているのは俺だけで、入院して以来生憎と同室の友には巡り合えない。
 
 尤も、病院側も俺が精神的に問題を抱えていることを把握しているのだから、わざと隔離してあるのかも知れないが。本来そうであるなら個人の病室に隔離するはずだからそうではないはずだけど、こうも入院が長引けば精神的にそんなネガティブな考えだって浮かんでしまう。
 
 兎に角、この病室はほとんど個人のものであり、当然訪問者は俺の見舞い客か病院で仕事に従事する人間しか在り得ない。
 
 ……にも拘らず、影は一言も発しようとしなかった。
 
 俺はじっと、カーテン越しの彼女の、―――タマ姉の姿を見つめる。
 
 目を閉じればそのままタマ姉の姿をそこに投影できるだろう。タマ姉はそれだけこの病室を訪れている。春夏さんは時折用事で訪れられない事があるけれど、タマ姉はあの時以来毎日欠かさずこの病室を訪れていた。
 
 クラスメートを始め雄二もこのみも見舞いに来なくなったその中で、きっと一番辛く当たられているにも関わらず。
 
 何度追い返されても、何度文句を言われても、決してタマ姉はこの病室に来ることを辞めなかった。
 
 お互いが傷ついて、これ以上踏み込んでいくのは危険だというその瀬戸際で、俺が考えたのが俺とタマ姉の空間を仕切ること。この薄い布切れはしかし、越えられない俺の精神の壁そのものだ。
 
 世界を隔離することで、かろうじて衝突を防いでいる。それでもこうして現実的には同じ時間を共有できるようになったことは驚くべき進歩に違いない。
 
 端からみれば奇妙なこの世界が、俺とタマ姉の唯一の接点となっていた。
 
 影を窺えばタマ姉が横顔を向けているのが分かる。その視線の先には、おそらく俺がいつも眺めているこの街の俯瞰が広がっているのだろう。それを見て何を考えているのか、それは俺には分からない。
 
 変わらない風景だけど、人々はその中で目まぐるしく生きている。それを日々眺めることは苦痛でしかない。何故って、それは俺だけが世界から除け者にされているという現実を直視せざるを得ない、ということだから。
 
 俺達の時間の大半は、こうして静かに流れていく。
 
 会話は無いけれど、実際に姿を目に出来ないけれど。
 
 こうしてタマ姉がそこに居ることを実感できる。この絆だけは確かなものだと感じられる。そのことは単純に嬉しくて、それ故にこの薄くて厚い壁を前に、胸が締め付けられる。
 
 
 「ねぇ、タカ坊」
 
 
 タマ姉が、俺の名前を呟いた。
 
 それは注意していないと聞き取れないような小さな声だったかもしれないけれど、確かにはっきりと耳に届いた。
 
 俺はぎゅっと手にした松葉杖を握り締めた。
 
 もしかしたら小刻みに震えていたかもしれない。こうして隔てられた空間の中でも、ひとたび口を開けば言葉の刃が飛び出すかもしれない。
 
 ……だから、俺は何時からかこうして返事を返していた。
 
 
 コン。
 
 
 軽く、乾いたような音。
 
 ベッドの骨組みを松葉杖で叩いた。
 
 言葉を使わずに意思疎通を図る手段。これを思いついたのはタマ姉で、確かにこれなら俺がタマ姉を傷つけるような発言をする心配は無い。
 
 Yesなら一度、Noなら二度。
 
 たったこれだけの決まりで、俺から発信することは出来ないけれど、これでも十分に会話は成り立つ。
 
 
 「体は大丈夫?」
 
 
 コン。
 
 
 「そう……。そろそろ一人でも動けるようになるかもしれないわね」
 
 
 それはちょっと、早すぎるな。
 
 コン、コン。
 
 
 「今日はちゃんとご飯を食べたの?」
 
 
 病院食は相変わらず不味い。でも、口にしないと回復が遅れるし。
 
 コン。
 
 
 「看護婦さんに迷惑かけちゃ駄目よ」
 
 
 そんな、雄二じゃないんだから。
 
 ……コン。
 
 
 「窓、開けてるけどタカ坊は寒くない?」
 
 
 コン。
 
 
 「風邪を引いてしまっては大変だから。冷えたなら言うのよ」
 
 
 残念だけど、それは頼みようが無いな。だって、俺からは話せないからさ。
 
 
 そんな、何の変哲も無い話ばかり。ぎこちない会話から始まったものの、しばらくすればタマ姉の口の滑りも滑らかになる。
 
 次第に話は学校の話になって、俺が相槌を挟む余地が無くなっていく。
 
 初めは気を使ってタマ姉はその話題を避けていたようだけど、俺は意外にその会話を嫌っていない。むしろ、積極的に聴きたかった。かつて当たり前のようにいたその空間が、時こそ流れても相変わらずの姿でそこに在ると、そう思えるから。
 
 タマ姉の話には必ず雄二とこのみが登場する。タマ姉のクラスの話をされても俺はわからないから、それは嬉しいことだった。
 
 あの時以来顔を合わせていない二人も元気に日々を送っているようで、その様子を聞くだけで心が穏やかになっていく。
 
 ……確かに、俺の意識に潜む黒い感情は厳然たる事実として俺の胸の中に存在しているけれど。
 
 それでも、こうしてカーテンでガードされた空間で話を聞いている間は、その感情もなんとか押さえ込めるようで、素の自分としての思いに浸ることができる。
 
 あの、暖かい日常に、話の中の三人に俺の姿を投影して―――。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 俺とタマ姉の、そんな奇妙な会話にも終わりが訪れる。
 
 タマ姉は九条院から帰って以来、毎晩自分で料理を作っているらしい。かつては雄二がお手伝いさんに作ってもらっていたらしいが、タマ姉がそれを譲らなかったそうで、もしタマ姉が帰宅しなければ腹を空かした雄二が飢えてしまう。
 
 
 「……それじゃあ、今日はこれで帰るわね」
 
 
 ふとベッドサイドに目をやれば、時計は5時を回っている。
 
 時の流れは速い。こうして停滞した世界に身を置いていると、日常の生活の流れの速さに驚くことがある。
 
 たった一時間。
 
 長い一日ではあるけれど、きっと俺の一日の中で最も濃密な時間を与えてくれる時が、終わりを迎えた。
 
 タマ姉は椅子から立ち上がって窓を閉める。
 
 それまで風に揺られていたカーテンが静かに動きを止めた。
 
 タマ姉はそのままこちらを向いて一旦動きを止めたが、それも一瞬。来た時と同じように、背筋を伸ばして革靴の音を室内に響かせる。
 
 カラカラ、とドアを惹き開ける音がした。
 
 
 
 あ、と声を出そうとした自分の口を塞ぐ。
 
 俺は、別れの言葉を口にすることも出来ない。そんな自分の弱さが悔しかった。
 
 ぎゅっと、松葉杖を握り締める。
 
 
 
 ドアを閉める音はまだしない。
 
 それはタマ姉がこの病室を訪れたときから常に変わらない、ほんの僅かな間。
 
 
 
 「――――――」
 
 
 
 強く、強く唇をかみ締めた。
 
 ドアが閉まる音がして、いつもの時間が去っていく。
 
 
 別れの瞬間。
 
 タマ姉は必ず決まった言葉を呟いて去っていく。
 
 それはいつも変わらない、始めと同じあの言葉。
 
 
 
 ―――ごめんね。
 
 
 
 その一言がどれだけ俺を苦しめるのか。
 
 タマ姉はきっと知らないに違いないのだ。
 
 どんなに楽しい時を過ごしても、その言葉を聴いた後は胸を割かれてしまいそうな気持ちで一杯になる。
 
 どうしてタマ姉が謝らないといけないのか。
 
 何もしていないどころか、俺の命を救ってくれたといってもいい、そのタマ姉が、どうして俺に頭を下げるのか。
 
 それはいつもタマ姉を傷つけている俺が口にしなければいけない言葉なのに。
 
 
 
 そして、俺はその言葉を遮ることができなくて、ただ唇をかみ締めることしか出来ないのだ。
 
 
 
 その言葉を聴くからこそ、俺はこの時間を何よりも嬉しいのに、何よりも辛いものだと感じてしまう。
 
 
 
 「……畜生」
 
 
 悔しかった。
 
 何も出来ない自分が。
 
 悔しかった。
 
 その言葉を遮ることが出来ない弱い自分が。
 
 悔しかった。
 
 タマ姉に謝ることが出来ない自分が!
 
 
 
 ……そして、あとに残るのは惨めに横たわる自分ひとり。
 
 俺は握り締めていた松葉杖を乱暴に投げ捨てた。
 
 たった一人きりの空間に、乾いた音が響く。
 
 俺は現実から逃れるかのように、左手で布団を手繰り寄せて頭から被る。
 
 
 
 カーテンは、閉じられたままだった。